大阪ラクサスープカレーライス

2年半ぶりにカレーのメニューが復活しました。

きっかけは取材に来てくださった方が、当店のラクサのスープをご飯で食べたら美味しいのではないかという助言からです。

もともとカレーは以前メニューにあったのと、またカレーをメニューに加えたいと思ってたので、早速販売を開始しました。

ポスターも完成

今年はこのメニューが人気が出ますように。

9月の終わり

気づけば9月も、終わり秋が始まり、あっという間に冬になります。

カフェを初めて3回目の夏が終わりました。

昔から夏の終りって年末よりも、1年の区切りという感覚が私の中にあって、今このブログを書いてる時も、なんだか物悲しい気分になります。

カフェを初めて3年が過ぎ、気がつけが周りには新しいお店が増えてきて、近所の雰囲気も少しずつ変わってきています。

カフェを通していろんな人と知り合ったり、いいことこや悪いこともたくさんありました。

これからも細々とカフェを続けれますように。

エッグタルト

久しぶりの投稿です。

今月からエッグタルトの仕入れをやめて、カフェで作ることになり、毎日エッグタルトを焼いています。

エッグタルトを食べた一番古い記憶は、多分アメリカに留学中、サンフランシスコのチャイナタウンで食べた時だと思います。

留学中のほとんどは、サンフランシスコのダウンタウンに住んでいたのでチャイナタウンによく通いました。

サンフランシスコのチャイナタウンはアメリカで1、2 を争う大きさです。

観光客が多い通りと、八百屋、肉屋、魚屋さんがが多い通りとに別れています。(多分今も)

チャイナタウンによく通った理由は、安いからというのもあるのですが、あの独特の空気感が好なのもありました。

アメリカにいるはずなのに、中国語しか聞こえてこないし。人も多い。

なぜか、食料品を買うとほとんどのお店が、共通してショッキングピンク色のビニール袋使ってるんです。だからピンク色のビニール袋みんな持って、バス待ってたりするのです。

バスも夕方なんか鮨詰め状態でした。

広東語も、チャイナタウンでよく耳に入ってきてたので、今では、話せないけど私の一番好きな中国語は広東語になりました。

そのチャイナタウンに、Dim sum (点心)の持ち帰りのお店があって、餃子やらシュウマイなど、いろいろガラスケースに入って紙の箱に入れてもらって買って帰るのです。

そこでエッグタルトを買ったのが多分最初だと思います。

毎回エッグタルトは、買ってたけど、その当時は今ほどはまってなくて、点心の最後に食べるデザートとして買ってました。

あの時大学生だった私は、まさかその後日本でアジアンカフェをするとは思ってもいないのですが、、

で、いざ自分で作ろうとしても、なんか見栄えがよくなかったりでけっこうへこんだりもしたのですが、Google先生に助けてもらって、なんとかレシピが決まりました。

あっ、一応うちの店の特徴?を出すためにココナッツミルク使ってます。

カフェを始めて3年たちますが、アメリカに住んだ約四年間が本当に役に立ってくれて助かります。

あの時に経験した事、出会った友人が今の大阪でカフェをしてる事に繋がってます。

ちなみに留学してた大学でクラスメイトだった大親友が、インドネシアから日本に来ていて来週大阪に来るので楽しみです。

おみやげに、カフェで使うステンレスのレンゲを頼みました。日本でなかなか売ってないのです。

エッグタルトがもっとカフェで人気がでますように。

The fortune plant

I’ve got a new plan which is called alocasia odora.
it was only 4oo yen. it’so reasonable.
I’ve researched the plant
and some articles say this plant brings us good luck for promotion!

So, maybe this plants help my cafe gets more successful?
This plant reminds me of the movie “My Neighbor Totoro”
Anyway here in Japan, the summer is almost over. Fall is coming soon!
but it is still very hot today.

AOI

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お洒落なバー PS150

先月マレーシアに行った時に、諸事情によりお酒を呑む機会がありませんでした。

でも私はお酒が好きなのです。

最終日奇跡的に現地の人には連れて行ってもらってバーに行けたのでそのお話し。

セントラルマーケットから歩いて10分くらいの路地裏?みたいなとこにある、PS150というバーにいきました。

外観はこんな感じ。

実際はもっと暗いです。

ここを通り抜けると

中はこのような感じ。

見た感じ、欧州のお客さんが多い印象。

映画、花様年華や、水曜日のカンパネラの一休さんが好きな方には、オススメの店の雰囲気です!

現地の人に頼んでもらってこのカクテルを飲みました。

マレーシア🇲🇾の旗もたっており、旅行者の心をくすぐってくれます。

このカクテルを飲みました。

すごく美味しかったんですけど、どんな味だったかはっきり覚えてないので、また今度行こうと思います。

Old China Kafe(Cafe)

二月の終わりに一年ぶりに休みを取ってマレーシアに行って来ました🇲🇾

諸事情で当初予定してたのと、大分違う旅行になってしまったのですが、忘れないうちにブログに少しずつ書こうと思います。

今回、去年マレーシアに行った時に行けなかった、Old China Kafe(cafe)に行って来ました。

クアラルンプールのチャイナタウンの近くにあります。

あまりにも暑いのでUber(新しいタクシーサービス)でホテルから直行しました。

余談ですが、、

(物価が安い国に旅行すると、財布の中身を気にせず羽振り良く?お金が使えるので、日本でつつましやかに生活してる身としてはありがたいことです。お金持ちになった気分です(^^;)

今回、クアラルンプールの移動はUber のみです。電車使ってません。日本円の貨幣価値に感謝です!日本万歳🇯🇵)

本題に戻ります

プラナカンがテーマのレストランです。

外観はこんな感じです。

1人でも入りやすいレストランですけど、1人客は私だけでした。

内装はプラナカン好きならテンション上がります。

レトロな感じが素敵です☺️

古き良き映画の中にいる気分です。

お客様は、旅行客の方が半分以上だと思われます。

食事の値段は食事と飲み物で1500円くらいのお手頃価格で食べれたのですが、現地の物価で考えるとなかなかいいお値段のお店です。

ラクサとレモングラスのジュースを注文しました。

美味しかったです^ ^

うちの店のラクサより、まろやかな感じです。

日本人の皆様にも食べやすい味付けだと思います!

ラクサはお店や、地域によって色々味が違うので、毎回新しい味に出会うのが楽しみです。

(一番好きなラクサはペナン島で食べたラクサです。この話はまた後日。)

ゆっくりもできるし、落ち着いた雰囲気だし、またクアラルンプールに来た時は是非食べに行きたいです。

改めてプラナカンの雰囲気は良いですね。

マラッカに行きたくなります。

この後、うちのカフェに、何回か来ていただいたマレーシア人の御家族に会いに行きました。

その話はまた後ほど^ ^

昔の自分をみてるよう

バタバタしてるといつのまにか11月半ばになって来ました。

最近、日本に留学してたり、ワーキングホリデーで日本に滞在していたり、日本企業で働いてる若者(年齢は聞いてないけど若い)が来てくれる事が増えてきました。

ありがたい事に、海外からのお客様のほうが意外と話しかけたりしてくれるので、会話する事が多いです。

私自身も、大学生活は約4年半、アメリカで留学生として生活したので、その若者たちを勝手に昔の自分と照らし合わせています。

私の大学は、サンフランシスコのダウンタウンのど真ん中にあったので、本当に色々な国の人がいる場所でした。

(写真はサンフランシスコのダウンタウンの写真、凄い坂ですよね。道に物落としたら凄い速さで坂の下まで滑り落ちます)

そのおかげもあってサンフランシスコの住人達は皆、外国の人に慣れてるので生活するのにあまり苦労はなかったのですがそれでも始めの1-2年はお店に入るのも、なんか緊張したり、注文が簡単なお店ばっかりいってました。

住み始めた当時、私の下手くそな英語にきちんと向き合ってくれた皆様、今更ながら感謝してます。

余談ですが、私がサンフランシスコで基本食べていたものは、ダックワンタンスープ(当時6ドル前後、チップ別)と、ブリトー(6ドル前後)と、ピザ(1スライス5ドル前後)ばっかり食べてました。これを順番に毎日。

ハンバーガー専門店も好きで行ってたんですけど、14ドル以上払ってたような記憶があります。

通っていたお店については、またいつかブログで書いてみようとおもいます。

スターバックスは、一日2回くらい言ってました。しかも当時は甘党だったので、カフェモカばっかり。

まあ、このような食生活なのでよく体調崩してました。

長い人生の中でたった4年半だけど、やっぱり人生の中で強烈な印象を残してくれた留学生活でした。

今更ですけど、亡き両親に感謝です。

もっと仕事がんばります。

ここに来てる海外からの若者達が、彼らの母国に帰った数年後、このカフェを思い出してくれたらいいなぁと思っております。

彼らも毎日、言葉の壁や、文化の違いに何か感じながら生活してるのでしょうか?